攘夷戦争末期。
現状はあまり好ましいものではなく、攘夷の志を持つ者も次第に減り、戦況も厳しくなる一方であった。
最近では幕府の方も天人に対し弱腰になり始め、上もだんだんと頭を下げ始める者が増え始める。
だが、その中でもけっして諦めようとしない三人の侍。
最後の武士とまで言われた者達がいた。
その三人は下の者に多大な期待を寄せられ、上には押し潰される様な戦況を与えられ、自分達は何があろうともその地位を降りる事を許されない。
そんな上にも下にも苦しい三人が、これからはどう動いて行くべきか、まだ宵闇が支配する刻に話し合う。
秋の涼やかな風が身を撫でる。
その風は涼やかというよりも、むしろは凍て付いた冬のそれに近いもの。
そのためか、攘夷志士達が今夜拠点としている寺の境内にも、その冷たい風が侍達を嘲笑うかの如く吹き抜ける。
「フム、どうするか。明日には本城へ天人が攻め入るという情報が入っているが・・・・・・ここはやはり、我等が先に城へ行って・・・・・いや、ここはしかし・・・・・・」
顎に手を当て目前に置かれている地図を見て考え込む桂。
その右手には高杉が片手を床に付き、その地図のある一点、城のある場所をもう片方の腕で指差して言い切る。
「どうするもこうするも、先にここで張って返り討ちにすれば良いだけだろうが。テメェはいちいち小難しく考えすぎなんだよ」
「馬鹿か貴様は。そんな単純な作戦では必ず何処かに綻びが生じてしまうだろうが。貴様の鬼兵隊がいかに強いかは俺も心得ている。が、もう少し俺達との連携とも考えて作戦を立てねば・・・・・・」
首を振り、そのあまりのも単純で、ある意味豪快とも言える様な高杉の意見を否定する桂。
ふと、そこで横から入ってきた高杉とは別の声に、視線を地図から外した。
「なぁヅラ、俺もやっぱここで作戦立てるのに協力しなきゃなんねぇ訳? 俺こういうの苦手なんだけど。てかメンドクサイ」
桂が地図から外して見たそこには、銀時が鼻に指を突っ込んでやる気のカケラも見せず寝転がっている姿があった。
銀時は眠そうな眼を何とか堪えて開けているようだが、やる気もなく地図を見下ろす銀時に、桂は思わず声荒げてしまう。
「何を言うか銀時、貴様が話し合わずしてどうするというのだ! この戦、要めは貴様なのだぞ!」
そう、桂の言うとおり銀時はこの戦の要。
銀時の呼び名、通り名である『白夜叉』としての働きは、現状ではかなりの支えとなっているのだ。
それも、ここ最近ではその『白夜叉』という名は侍達から必要以上の期待が寄せられ、一人歩きをしている状態といっても過言ではないほどだ。
勿論、銀時もその『白夜叉』の名に恥じるどころかそれ以上の働きをしてしまっている。
銀時への負担はそれゆえに大きいものだ。
だが、そんな事はこの状況では致仕方のないこと。
桂は銀時には申し訳ない気持ちを抱きながらの、今この場はここに留まれと言う。
しかし、そんな桂の言動に何か気に触る所でもあったのだろう。
高杉は地図に向けていた視線をゆっくりと桂に向け、今にも桂の胸元に掴みかからんばかりの勢いで睨みを利かせる。
「ヅラァ、それは何か? 俺が役立たずっとでも言いたいのかぁ?」
「誰もそんな事言っておらぬだろう。被害妄想も大概にせんか。なんか・・・色々と面倒だなのだ」
「それは俺に対して喧嘩を売ってると取って良いんだな?思って良いんだよなぁ?」
何時もの如く、すぐ喧嘩腰になる高杉の反応を見ていた筈も、またもや空気を読まぬ、いや、あえて空気を読もうとしない、我が道をひたすらと行く銀時は、ゆっくりと口を開いた。
「あーーーーー、なんか二人でもう適当にやってるみってぇだし、俺も特に何かやることもねぇだろ? って事で、俺もう寝て良いか?」
「「ふざけるなァァァァァァァァァァッ!」」
さすがの二人も、コレばかりは声を揃えてしまう。
銀時はその怒鳴り声が己が耳に届く直前に、小指を両耳に持って行きそこに差し込む。
じ~~~~~ん。
だが、目前で怒鳴られたためにその衝撃までは塞ぎきれず、頭に声が響き渡る。
そんな銀時の様子を眼の端で止め、桂は勢いで立ててしまった膝を戻し腕を組みなおす。
「だが、本当にどうするべきか・・・・・・・銀時、貴様は何時もの様に先攻して戦いの火口を切ってくれんか。周りは俺が固め、高杉には城へ行ってもらおう」
桂は組みなおした腕を解き、地図を指差しながら銀時を一度見て、高杉に視線を移す。
「オイ・・・・・・・・何勝手に決めてやがんだ」
高杉は自分勝手にさっさと作戦を決め込んでしまったような桂の反応に納得がいかず、まるで野良犬かの如く桂に威嚇する。
そんな高杉の威嚇を片手で制すヅラ。
・・・・・・・・オホン。
失礼。
そんな高杉の威嚇を片手で制す鬘。
「鬘じゃないヅラだッ!・・・・・・今の無し。もう一回頼む」
出来れば地の文には反応してもらいたくはないのですが・・・・・・
まぁ良いでしょう。
テイクワン アクション!
「鬘じゃない桂だ」
桂は独り言をぶつぶつ言ったかと思うと、急に高杉の方に視線を移し、自分の考えた作戦を述べる。
ちなみに、その間に銀時、高杉との間で
「なぁ高杉、アイツの頭もとうとうイカれたか?」
「何言ってんだ、ヅラは元々イカれてんだろ」
という会話が成されていた事をヅラは知らない。
「そう睨むな高杉、銀時が先攻している間に、お前には裏に回って城の中に先回りしていてもらいたいのだ。そしてそれらをこの俺がサポートする。これでも何か言いたい事はあるか?」
「・・・・・・いや、俺が城に先回りして天人の頭をとりゃァ良いんだろ? それなら文句はねぇ。一番派手な所を持っていかせてくれんならな」
「高杉は派手な事が馬鹿がつくほど好きだもんな。いや、馬鹿がつくほど好きってか、本物の馬鹿だな。じゃ、俺は何時もの様に先陣切って天人共の注意を集めれば良いんだな?」
高杉を途中で馬鹿にしていたような気もしなくも無いが、銀時は直ぐに真面目な話しに戻り、高杉にツッコむ隙を与えない。
ヅラも首を縦に振り、それに答える。
「もうヅラ肯定だな。んで? そん時に注意する事はなんかあるか?」
なぜ銀時様まで地の文に合いの手を入れるのですか・・・・・・・・
そんな事をこの私は思いながらも、銀時様が瞬時に真面目モードへと変ったので、この私も真面目にナレーションを続行する。
桂は銀時の問いかけに少し考え込み、銀時の方を見てその答えを返す、
「・・・・・・・・貴様は絶えず城の様子を確認し、何か異変があれば高杉のサポートに回ってくれ。銀時があけた穴は俺がカバーする」
「城の様子って・・・・・そんなら俺は先陣を切らず、あえて少し後ろで行った方が良い。いきなり俺の姿が前線から消えたら天人共が怪しむだろうからな」
桂の意見に銀時は一つ異議を唱える。
何時にも増して鋭い意見。
いや、この時代ではコレくらいが当たり前なのだろう。
「ヅラ、銀時の意見に俺も賛成だ」
高杉も、この時代では珍しく、銀時のその意見に賛成した。
「高杉が俺に賛成って・・・・・・・珍しいじゃん。明日あたり、何か悪い事でも起こりそうだな・・・・・・・・・・・ヅラ、高杉の方に戦力少し多めに割いといた方が良い」
それはあまりにも珍しい事。
銀時は真剣な表情になってヅラに戦力の配分移動を提案する。
「ヅラじゃない桂だ。というか、もうナレーターにまでヅラは肯定されてしまったでは無いか・・・・・・・」
「いや、それはちょっと前の方で俺言ったけど」
途中銀時が軽いツッコミを入れるも、ヅラはそれには応えずそのまま話を続ける。
「だが確かにそれもそうだな。銀時がまともな意見を出すのも珍しい。・・・・・・・・・・明日は何時も以上に気張った方が良さそうだな」
「「ヅラ、それは俺達に喧嘩でも売ってんのかぁ?」」
よく息の合う事だ。
全く同時に一言一句、何から何まで揃えて口を開いた二人には、もはや感嘆の言葉をかけてさし上げたい程だ。
それに、桂は桂で二人に掴みかかられているにも関らず、冷静に事を分析している。
「いや、ここは今までの経験も含めてだな・・・・・・・・・・・・・・」
「高杉・・・・・・・・・・・どうする?」
桂のその物言いに腹が立ったのか、青筋をピキリと浮かべながら銀時は高杉に桂をどうしようか訊くが
「・・・・・・・・・・今はふざけてる場合じゃねぇ。それに、今までの経験で確かにこういった時にはロクな事がなかった、認めたくはないがヅラの言うとおり、戦況的にも気を張るべきだろう」
さすがにこの戦況だ。
ふざけるわけにもいくまい。
少し考え込んでからギャグパートからシリアスパートに切り替える。
「そう言うことだ銀時。俺は何もふざけて言っているわけではない」
「・・・・・わぁったよ。けど、高杉の方にも少し戦力増やしておいた方が良い。いやな予感がする。それに、高杉が裏から回って城に先回りするとは言っても、逆にもう攻め入られて待ち伏せされている可能性もある。ここは念には念を入れておくべきだ」
ややあっての沈黙を破る銀時の声は先程とは打って変わってかなり真剣なものと変っていた。
今までの経験で、銀時のいやな予感というものは外れたためしが無い。
「・・・・・・・・そうだな。出陣は夜が明けるよりも早目が良いだろう。睡眠を欠いても戦力が落ちるだけだ。銀時、ここは勝負どころだ。ちゃんと寝るのだぞ。そして歯もちゃんと磨きなさい!」
せっかくのシリアスムードも何時もの如くご破算。
さすがはヅラ。
「いや、ウゼェよそのお母さん口調」
「そして高杉も、寝る前には牛乳を飲んできちんと用を足しなさい!」
「・・・・・銀時、さっきはああ言ったが、やっぱやるか」
「そうだなぁ・・・・・」
高杉と銀時が改めて手を組んだの察し、それを怖れてか無意識のうちにその額に冷や汗を浮かべる桂。
「ちょっ、ちょっと待て二人とも・・・・・・・・・・・・」
片手を自分の身体の前にかかげ、これから来るであろう攻撃に身構える桂。
「「それは、こっちのセリフだァァァァァァァ!!」」
「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その夜、声鳴き声が、山の中で響いた。
だが、それを耳にして者は誰一人としていなかったという。
次は『鬼の決断』の一話を更新予定ですが、次回の更新は変則的に5月1日ではなく、5月5日にしたいと思います。
理由は日付的にお察しください(笑)
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