公式の松陽との遭遇を思い出したいときにと思って走り書きしたやつ。
大地を埋め尽くす屍の山。
空中には烏が群がり一種異様な光景がそこには広がっていた。
しかし、そんな光景の中でも特に異様だったのが、屍の山の中に一人、生きて握り飯を食べる童子がいることだった。体を折って横たえていた屍の上に座り込み、童子はあたかも、其処が我が家で“一番寛げる場所だ”とでも言うように当然といった風に握り飯を頬張っていた。
男はそんな童子の姿を遠目で見つけ、ゆっくりと興味本位でそこへ近付いていった。
童子にとっては気配を乱しながら近づいてくる者はみな驚異だったが、そうでない者は別にどうだっていい。そう思っていた。
気配を乱して近づいてくる者は自分に何らかの悪害をもたらすのだと今までの経験上知っている。けれど、落ち着いた気配の者は最悪でも刀を向けてくるまでのことはしてくることがなかった。
だから、自分の方へ近づいてくる男のことも知らんぷりしようと、握り飯にかぶりつく事を咎めるような真似はしなかった。それが油断だったのだろう。
「――屍を喰らう鬼が出るときいて来てみれば……君がそう?」
男は童子の傍まで来たかと思うと、自然な動きで自身の手を童子の頭の上へと乗せた。そうして自分を見下ろしているであろう男の顔を見上げた童子に対し、男は口元を少し綻ばせてから言葉を続ける。
「また随分とカワイイ鬼がいたものですね」
パンッ!
童子にとってはまったく予測のつかない男の行動に、いや、それもあるがなんだか馬鹿にされたように聞こえた男の言葉に、童子は咄嗟に男の手を払い除けて男から数メートル距離を取った。
行動の読めない者ほど恐ろしいものはない。
……シャラ
童子は男の真意が読めず、脇に抱えていた身の丈よりも大きな刀を抜いて警戒の構えを取ろうとする。
男はそんな童子の反応を見て、行動を見て静かに口を開く。
「刀それも屍から剥ぎ取ったんですか……」
童子は男の所作の一つも見逃さまいと注視しながらゆっくりと警戒の構えに入る。
男はそんな童子の警戒の仕方に、いっそ微笑みすらも浮かべてしまいそうな様子で続けた。
「童一人で屍の身ぐるみをはぎ、そうして自分の身を護ってきたんですか。……大したもんじゃないですか」
右手で持つ鞘を顔の前に構え、刃の方を胴の方へと向け、すっかり警戒モードへと入った童子。
そこまで見届けた男は、先程の童子と同じように自らの腰に指していた刀の鞘へと手を持っていった。
……くるか?
グッと腰を落として更に警戒の色を滲ませる童子に、男は至って平静を保った声でこう言う。
「だけど、そんな剣もういりませんよ。他人ひとにおびえ自分を護るためだけに振るう剣なんて、もう捨てちゃいなさい」
ヒョイッ
「っ!?」
まったくもって予測のつかない男の動きに、急に投げて寄越された男の刀に驚いた童子は、構えを慌てて解いて投げ寄越された男の刀を受け取った。
ガチャッ
男の刀はやはり童子の身の丈よりも大きい。
左手で受け取る時には咄嗟に左目を瞑ってその重みに耐えてしまった。
童子は男に隙を作ってしまったと瞬時に男の方を見たが、そこには既に童子から距離を取り、背を向けて歩き去ろうとする男の姿があった。
「くれてあげますよ、私の剣。剣そいつの本当の使い方を知りたきゃ付いてくるといい。ここれからは剣そいつを振るいなさい。敵を斬るためではない、弱き己を斬るために。己を護るためではない、己の魂を護るために――――」
男の行動は本当に読めなかった。男の真意がこれっぽっちも童子には分からなかった。
しかし……だからこそ気になった。男の言った刀の本当の使い方というやつが。
自分に敵意を持つわけでもなく、自分に殺意を向けてくるわけでもない。ましてや奇異の目や軽蔑の目を向けてくるわけでもなかった男……。
一体、自分に何を教えてくれるというのだろうか。
童子は数度に渡って歩き去っていく男の背と投げ渡された刀を交互に見て、決めた。あの背に付いて行ってみようと。
あの男のことは何も分からないけれど、それでも始めて自分に何かを教えてくれると言ったのだ。
付いて行ってみる価値はある。童子は心を決めて既に数十メートル先を行っていた男の跡を追った。
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