真っ赤な血を見た。
雨に濡れ、目の前の鬼は見る間に赤く染まっていく。
──あぁ、俺はこの鬼に斬られたのか
目に見えたのは自分の血だった。
鬼を殺しに来たつもりが、逆に返り討ちにあってしまったのか。
このまま自分は死んでいくのかと。
そこまで頭で理解した時m不思議と恐怖心は湧いてこなかった。
いや、決して全く恐怖心が湧いてこなかったわけではないのだ。
ただそれをも凌ぐほどの激情が、胸打ち震える感情が、脳の正常な働きを鈍らせただけ。
それは征服心、独占欲に似たのかもしれない。
あたかも今目の前にいるこの鬼が、自分の血に染まりいく様に、鬼自身も、自分のものへと変貌していっている。
まるで、そんな気にさせられてしまうのだ。
鬼は染まる。
人の死に際に立ちあう度、鬼の心はその時その場己の目の前に存在する者へと自身の心を強く囚われ、その者にその身に持つ紅を向けた。
死者への弔いの念を込めてか、鬼の瞳はまるで死者に敬服するかのような
色を滲ませる。
そして、それはとても鋭く、だが同時に悲しみとも通ずる双眼で見つめられた時、死に行く者は皆が一様に同じ事を思う。
────鬼をとらえた
と。
しかし、それは幻想としか言いかえることのできない錯覚であり、実際、鬼は鉄の鎖で雁字搦めその身を捕らえられたわけでもなければ、強固で巨大な鉄の檻に閉じ込められたわけでもない。
彼らが揃って見たのは現の夢。
死に際に脳が見せた幻に、彼らこそが鬼に、心を囚われ強く強く絡め取られてしまった。
それは鬼が持つ特異な容姿がなせるわざか。
地に沈み赤く染まって動かなくなった屍を目にし、鬼は静かに目を伏せた。
どうして、死んでいるのに幸せそうな顔をしているのか。
どうして、彼らは死んだ時、揃って満足顔を見せるのか。
わからない、
なぜ────
ツキン
理由もなく胸に襲った痛みを、鬼は左手で掻き毟るようにして押さえ込み、その特異な赤目を揺らした。
「なんでお前らは──」
鬼の感情がこもらないひどく無機質な声が、辺り一帯の空気を震わせた。
「斬り殺した俺を、恨んでくれないんだ…………」
無機質な声色が、鬼の呟きを空虚なものと感じさせた。
殺した者へと向けられた問いかけの応えは、決して返ってくることはない。
その事実に、鬼はまたその端正な顔を伏せる。
鬼の血に濡れた体を、曇天から降り注ぐ雨が激しく持ち続けた。
心の痛みか、体の痛みか、それは一体、何に対する痛み。
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